2020/09/18 14:29
少し前ですがスカパーで「ガリレオ」一挙放送を観ました。
もしかしたら勘違いする方がいるかもしれないので
一応補足しておきますが、この方の一挙放送ではありませんよ。
『地球動いてたよ』

でもせっかくなのでこの機会にこの方にも触れておきましょう。
※歴史的な偉人に対して我ながらなんて失礼極まりない紹介なんだろ・・・・反省。
ガリレオ・ガリレイはイタリアの物理学者、天文学者。
(イタリア出身、ユリウス暦1564年2月15日 - グレゴリオ暦1642年1月8日)
近代科学的な手法を樹立するのに多大な貢献をし、
しばしば「近代科学の父」と呼ばれる。
また天文学分野での貢献を称えて「天文学の父」とも呼ばれる。
最初は医学を学ぼうとピサ大学で学んだが、
ユークリッドやアルキメデスの本を読むうちに数学や力学へと関心が移った。
そのうち学資不足となり、大学を途中で去ったものの、
比重や重心の研究などで頭角を現し、1589年~1591年にはピサ大学の数学講師、
1592年~1610年にはパドヴァ大学の数学(および天文学などの)教授として勤務。
物理学(自然学)分野では、「振り子の等時性」に関する研究や
「斜面上をころがる物体の運動」に関する理論などを出発点として
1604年頃には落体
(らくたい。鉛直方向に落下する物体。英語では「falling body」)
の運動法則の「(数学的)定式化」
(英語で「mathematical formulation」と呼ぶプロセス)
を完成させた。
自然現象に対して、数学的手法および思考実験を用いて迫り、
(仮説を)実験によって検証するというガリレイの方法は、
(当時はまだ存在していなかった)「科学」の方法を新たに確立するのに
大きく貢献するものであった。
天文学分野では、みずから改良したガリレオ式望遠鏡を使って木星の衛星、
月面の凹凸(=クレーター)、太陽の黒点などのを発見し、
『星界の報告』(Sidereus Nuncius、1610年刊行)を著した。
1610年に「トスカナ大公付きの数学者」という(その地域では)名誉ある地位、
1611年にはローマのリンチェイ・アカデミー(イタリア語版)会員となった。
主著の『天文対話(英語版)』
Dialogo sopra i due massimi sistemi del mondo, tolemaico e copernicano(1632年)や
『新科学対話(英語版)』
Discorsi e dimostrazioni matematiche intorno a due nuove scienze attenenti
alla meccanica(1638年)は、
いずれも(イタリア人が実際に話している)イタリア語で書かれ、
しかもいきいきとした対話形式で書かれた本であり、
当時の「学術書というのはラテン語で書くもの」という学術的伝統の殻を打ち破って、
自身の文学的才能も見せつつ、
彼自身は「nuove scienze」(「新たな知(識)」)と呼んだ、
現在の自然科学へと繋がる手法を創始した書である。
※Wikipediaより抜粋
わかったようでわからない・・・。
しかもここで触れたのはほんっの一部分ですからね。
この方の生涯に触れようと思ったら大変です・・・。
しかしまさかまさかこのブログで
こんな歴史的人物に触れることになろうとは・・・・。
それにしても・・・・
「地動説」云々とかいくつかの功績は知っておりますが、
やれ数学だの物理だのといろいろ説明されてもねぇ・・・。
正直「チンプンカンプン」なのよね・・・・。
たまにこの手のドキュメントは観るし、
面白いっちゃあ面白いんだけど、相当かみ砕いて説明してくれてるからね、
その場合。
ではここで彼の残した名言を少し。
中には本人が言ったとか言わなかったとかもあるようですが・・・?
・見えないと始まらない。見ようとしないと始まらない。
・書物よりも見たり聞いたりすること、地位よりも経験が第一の教育者だ。
・人にものを教えることはできない。みずから気づく手助けができるだけだ。
・自然はわれわれの知性にとっては限りなく驚嘆すべきことを
最高度の容易さと単純さとで行なっている。
・哲学はわれわれの目の前にひろげられているこの巨大な書物、
つまり宇宙に書かれている。
・聖書は我々にいかに天へ行くかを教える。
いかに諸天体が動くかを教えるのではない。
・感覚が役に立たないとき、理性が役に立ち始めるのだ。
・学者は、それゆえという言葉をしきりに使うが、
なにゆえ、それゆえなのか俗人には分からない。
なにか、偉そうな言葉で誤魔化されているようだ。
・懐疑は発明の父である。
・どうして君は他人の報告を信じるばかりで、
自分の眼で観察したり見たりしなかったのか。
・あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。
肝心なのは真実を発見することだ。
・数学は、科学へとつながる鍵とドアである。
・私は、何も学ぶべきものがないほど愚かな人に会ったことはない。
・責任を取れない人間は、科学者であってはならない。
あなたに未来を作る資格は無い。
・宇宙は数学という言語で書かれている。
そしてその文字は三角形であり、円であり、その他の幾何学図形である。
これがなかったら、宇宙の言葉は人間にはひとことも理解できない。
これがなかったら、人は暗い迷路をたださまようばかりである。
・学者ぶった先生は、ヘリクツ屋の有力な仲間に分類したい。
ヘリクツ屋の狩りは概念を追いかけまわすことである。
・言葉や属性こそ、物事の本質に一致すべきであり、
逆に本質を言葉に従わせるべきではない。
というのは、最初に事物が存在し、言葉はその後に従うものだからである。
・結果にはすべて…原因がある。
・数学は神が宇宙を書いたアルファベットだ。
・それでも地球は動いている。
・私はあまりに深く星を愛しているがゆえに、夜を恐れたことはない。
・証明されたものを信じることを異端視することは実に有害である。
う~ん、奥が深い!
なんという重みのあるお言葉でしょう!素晴らしい!(←わかっとんのかい!)
もう自分が恥ずかしい!(←なんで?)
さて本題に戻りますが、っていうかようやく本題に入りますが、
私が観た「ガリレオ」は
『実に面白い』

が、印象的な「福●雅治」さん主演のドラマの方でして、
以前リアルタイム?っていうの?
地上波で放送していた頃も少し観てはいたのですが、
そこまで真剣には観てなかったんです。
基本、私の場合、テレビは「ながら観」でして、
「何かをしながら観る」ことが習慣になっておりまして、
観てはいるものの頭に入ってないことも少なくないんです。
だから記憶もあいまい、誰が出ていたとかは多少記憶しているものの、
細かな内容まではわからないという・・・・。(ほぼ観てる意味なし!)
で、今回は「一挙放送」ということで、
「そういえばちゃんと観てなかったな~」ってな感じで
あらためて観てみたんです。
で、あらためてきちんと観た感想はというと・・・・
「実に面白かった」
いや~やばいですね。
ドラマって1話目で気になりだすと、次も気になる、次も気になるって
どんどんハマっていっちゃうんだから、
連続ドラマやアニメはある種の中毒性がありますよ。
ハマったらどんどん気になって止められないっていう・・恐ろしいものです。
まず「ガリレオ」って何?って方のために少々説明を。
(っていうか自分も最近知ったっていうにわかです・・)
『ガリレオシリーズ』は、日本の推理作家東野圭吾原作の推理小説で、
物理学者・湯川学を主人公とした連作ミステリーシリーズの総称。
初出は『オール讀物』1996年11月号。
天才物理学者・湯川学が大学時代の友人である刑事・草薙俊平の依頼を受けて、
一見超常現象とも取れる不可解な事件を科学によって解決していく。
また、シリーズ第2作以降は論理的な推理によって、解決するものもある。
作者が理系出身であることを生かし持っている知識をフル活用して書いた作品で、
検証こそされていないが原作中に登場するトリックはすべて理論的には可能なものである。
古くから推理小説においては、
「世間において、あまり一般的ではない科学技術を駆使したトリックは使用しない」
という暗黙の了解が存在するが、本シリーズではこれを意図的に破っている。
2007年10月から短編集2作を原作としたテレビドラマ 『ガリレオ』として放映された。
テレビドラマ化発表時点でシリーズ全体の発行部数は約160万部であったが、
その後売上を伸ばし、さらには『容疑者Xの献身』の文庫化もあって、
2008年8月現在では発表時点の公表より大きく上回り400万部を突破した。
また、2008年10月にはテレビドラマの劇場版として
同キャスト・スタッフにより探偵ガリレオシリーズ第3作『容疑者Xの献身』が映画化された。
シリーズ初の長編作『容疑者Xの献身』は第134回直木三十五賞を受賞し、
2013年3月5日に、発行部数がシリーズ合計で1000万部を超えたと発表された。
2012年に刊行された単行本『禁断の魔術』に収録の短編「猛射つ」は、
2015年6月10日発売の文春文庫に収録時に長編小説に改稿した文庫オリジナルとなっている。
「猛射つ」と共に掲載されていた短編は、
3月10日発売の文春文庫『虚像の道化師』にまとめられた。
※Wikipediaより抜粋
ちなみにこちらのドラマに出てくる「湯川学」先生もまた
「本家」に負けず劣らず俗世間とはかけ離れた人物のようでして、
こちらも簡単に触れますと・・
湯川学
東野圭吾氏の推理小説「ガリレオシリーズ」の主人公。
帝都大学の理工学部物理学科第十三研究室に所属する天才物理学者。位は准教授)。
どんなに少ない事実からでも論理的な思考で事件を解決していくことから、
警察関係者からは「ガリレオ」と呼ばれている
(ただし、本人はその呼ばれ方を嫌がっている様子)。
実写ドラマ版では、学生時代の同期である草薙俊平や研究室の学生から
「変人ガリレオ」と呼ばれている。
上記のとおり、職業は探偵ではなく大学の教員(准教授)である。
しかし、大学時代の友人である草薙(ドラマ版では内海薫や岸谷美砂)が
しばしば超常現象絡みの事件について相談に訪れ、
(なんだかんだ言いつつも)その事件の捜査に協力している。
この湯川先生、「捜査に協力」とはいっても基本、
「事件そのもの」に興味を示しているわけではありません。
例えば「事故」なのか「殺人」なのかわからない事件が起こった時、
その考えられる理由を単純に時系列で説明しても何も興味を示すことはなく、
協力はしてくれません。
また、謎めいた事件性の理由を「刑事の勘」だの「女の勘」だのと言っても
これまた論理性に欠けていることにはまったくかかわろうとしませんが、
一見「非科学的な現象」、また不可思議な「怪現象」に思えても
それが「科学的」「物理的」に「再現性が高い」等の可能性があった場合などは
どこまでも徹底的に追及していきます。
それはもう常人には何を考えてるのかわからないレベルで。
ただ「捜査に協力」する形にはなっていますが、
なんせ本人が「犯人の動機」や「事件の背景」などにはまったく興味がなく、
興味があるのは「怪現象の謎のみ」というのだからぁ厄介。
事件の説明をしたところで返ってくるのは
「そんなことはどうでもいい。犯人だの犯行の動機だのを追いかけるのは君たち警察の仕事だ」

とまあ結果的に事件解決にはつながるものの、とてもとても協力的とは言い難く・・・。
もっともその刑事と湯川先生の「事件解決」につながるという部分は共通しているものの
決して相容れない双方の間柄とズレみたいなものは
このドラマの見どころの1つではあります。
そしてこの「湯川先生」にもまた数々の名言があり、
タイトルにも使った「実に面白い」をはじめ、
『現象には必ず理由がある。』
『さっぱりわからない』
『仮説は実証して初めて確かなものになる』
『あり得ない?あり得ないなんてことはあり得ない』
『信じることから始めるのが宗教なら、疑う事から始めるのが科学です』
『結果には必ず原因がある。』
『再現性が高い現象は必ず科学的に実証できるはずだ』
等々、印象的な言葉があります。
補足しておくと『さっぱりわからない』は名言っぽくはないのですが、
湯川先生の口癖ですね。
「犯人」と思われる人物と接触し、その「謎」を最初に見たときに
よく口にします。
「謎」に直面し、その謎を「解くぞ」って嬉しそうな感じで口にしてます。
名言というよりはドラマの中での印象的な「決め台詞」みたいなものでしょうか。
個人的には『信じることから始めるのが宗教なら、疑う事から始めるのが科学です』
という言葉には「なるほど~!」と思いっきり納得してしまいました。
ちなみに今回観たのはパートナーが「吉高由里子」さんのほうです。
「美人」と「可愛い」の定義についての2人のやり取りは面白かった。
さて、なぜこのブログで「ドラマ」のことを取り上げたかというと
ドラマの「合間」あった「CM」が問題だったんですよ。
問題?
『さっぱりわからない』

じゃなくって、
この「ガリレオ」のドラマとは違う
他の番組関連の企画だったんですが、
なんと
「牛一頭分のお肉をプレゼント」!
なぁに~!やっちまったな!
って言ってる場合じゃない~!
マジか~!?
「牛一頭」って!
そりゃどうひっくり返ったって
ウチじゃぁ出来ねーよ!牛一頭なんてありえません!
『あり得ない?あり得ないなんてことはあり得ない』

いや!ありえないんだって!どう考えても!
物理の先生にゃわからないかな~!
『さっぱりわからない』

いや断言されても・・・少しは理解してよ~(´;ω;`)ウッ…
もうこんなの店つぶれるどころじゃぁすまないよ!ホント!
『実に面白い』

くぉら~!